未破裂脳動脈瘤について


脳動脈瘤とは、脳血管の分岐部の血管壁が風船のように膨れてできる血管の瘤です(瘤と書きますが腫瘍ではなく、血管の袋と言ったほうが分かりやすいかもしれません)。動脈瘤が大きい場合、その周囲の神経や脳を圧迫することで神経症状を起こすこともありますが、ほとんどの場合は瘤が破裂し、くも膜下出血を引き起こすことで発症します。動脈瘤は通常脳の表面を走る太い動脈の分岐部にできますから、これが破裂すると脳の表面(くも膜下腔と呼ばれる部位に)一気に血液が吹き出し、突然の激しい頭痛を引き起こします。出血量が非常に多ければ単に激しい頭痛が起こるだけでなく、重度の意識障害や麻痺などの神経症状をきたすことにもなります。実は、くも膜下出血は、約1/3 の例で初回発症時に命をとられると言われる非常に怖い病気なのです。たとえ初回破裂時に死を免れても、治療を行わない限り動脈瘤が再破裂する可能性は高く(半年以内に約60%が再破裂するといわれています)、通常緊急手術の対象になります。

 さて、本題の未破裂脳動脈瘤の話ですが、たまたま脳ドックをしたら見つかったという方も多々おられると思います。これは読んで字のごとくまだ破裂していない(出血を起していない)動脈瘤のことです。MRIが出現する以前は、動脈瘤が破裂する前に診断がつくことは殆どありませんせしたが、最近では頭部MRA(MRI装置を使って脳血管を撮影する方法)により苦痛なく脳血管を調べることができるようになり、偶然発見されることも多くなってきました。破裂する前にたまたま見つかる訳ですから、基本的に無症状で本人になんの訴えもありません。

 ではこの未破裂脳動脈瘤に対してどの様に対処するのがベストなのでしょうか。実はこの点については今現在も脳外科医の間ですら意見の一致を見ておらず学会でも常に論争の種となっているのです。

なぜ治療方針のコンセンサスが得られていないかと言いますと、実は未破裂脳動脈瘤を放置した場合の自然経過(つまりどの様な動脈瘤がどの程度の確率で破裂するのかということが)がまだ十分には分かっていないからなのです。もちろん全くデータがないというわけでなく、従来日本の脳神経外科医の間では、「未破裂動脈瘤の年間破裂率は1-2%」と考えられてきました。これは、どういうことかと言いますと、偶然未破裂の動脈瘤が見つかった患者さんが100人いたとしたら、次の一年間のうちに1-2人が破裂するという意味です。もしこれが事実であれば、10年20年という長い期間ではかなり高い確率でくも膜下出血を引き起こすことになります(年齢的要因を度外視して単純計算すれば20年で20-40%くも膜下出血を起こす)。ですから、これまで殆どの脳神経外科医は未破裂脳動脈瘤を発見すると、高齢な患者さんや手術の危険度が非常に高い場合を除いて積極的にくも膜下出血予防のための手術(通常クリッピング術)を勧めてきました。

しかしながら、最近海外で未破裂動脈瘤の破裂率に関する大規模な調査が行われて、脳外科医にとって衝撃的なデータが公表されたのです。この調査結果を簡単に言いますと、未破裂脳動脈瘤(くも膜下出血を起こしたことのない患者で直径が10ミリ以下の場合)の破裂率は従来いわれていた率の僅か20分の1であったというものなのです。この調査は、破裂しにくいとされる部位の動脈瘤のデータも多数含まれているなどの問題点も指摘されており、実際の臨床現場で未破裂動脈瘤がしばしば破裂するのを経験する脳外科医にとって一概に納得できるものではありません。しかし、非常に大規模な調査であるため経験論では無視はできないものとなっています。このデータが発表された後も、脳動脈瘤の破裂率に関するデータがいくつかの施設で発表されていますが、その中には「脳動脈瘤の年間破裂率は1.3%程度である」という従来どおりの報告もあり余計に混乱の元となっております。

未破裂脳動脈瘤の治療をどうするかを判断する上で、もう一つ重要なのは予防的手術を行う際の手術の危険性です。現在脳動脈瘤の手術で、最も広く行われているのは開頭クリッピング術と呼ばれる手術です。動脈瘤の根元の部分を金属製のクリップで挟んで、動脈瘤への血流の入り口を遮断することにより出血を予防するものです。この手術の歴史は古く既に脳外科手術の中ではスタンダードとして確立されたものです。しかし、どの様な手術でもそうですが、絶対に安全ということはありえず、この手術も若干の危険を伴います。脳動脈瘤手術の危険性は、多くの報告例をまとめた結果によれば、死亡率が、1〜4%、何らかの後遺症を残す率が、4〜10%程度といわれています。この危険性は、動脈瘤の場所や大きさによっても異なりますし、もちろん、術者の技術にも大きく関係すると思います。ちなみに、当院開設以来の未破裂脳動脈瘤に対する手術成績は、死亡率0%、何らかの後遺症を残した率が2-3%となっております。

結局未破裂動脈瘤の治療をどうするのかということは、動脈瘤を放置した場合の破裂する危険性と手術の危険性を天秤にかけて判断するということになります。未破裂脳動脈瘤の破裂率についてはまだ決着していない問題であり、今後の研究結果を待つ必要がありますが、2001年より日本脳神経外科学会が中心となって日本人の未破裂動脈瘤の破裂率に対する大規模調査が始まりました。この調査については、今後まとまったデータがでましたら、逐次このホームページでもお知らせするつもりです。